ダークコメディ「伯爵」モノクロで描かれる不思議な世界観に引き込まれる!
普段観ている映画はカラーで描かれているものが多いですが、この「伯爵」は、作中のほとんどがモノクロで描かれています。
「伯爵」は、第80回のヴェネツィア国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞。
この作品のテーマは「吸血鬼」。そのため、血の表現をマイルドにするためモノクロにしているのかと思いきや……。作品について調べてみると、モノクロの世界観がぴったりな設定がありました。
ストーリーを追いながら、一度観ただけではわからない作り込まれた設定をご紹介します。
テーマとあらすじ
チリ出身のパブロ・ララインが監督を務め、ギジェルモ・カルデロンがパブロと共に脚本を担当した作品「伯爵」は、250年もの人生を生きる吸血鬼の物語。
しかし、ただの吸血鬼の物語というわけではなく、チリに実在したある人物をモデルとして描かれています。
この作品は少し風刺を混ぜ込んだ、色んな意味でのダークコメディとして作られているそう。ある人物については次の項目でまとめたので、そちらをご覧ください。
物語の冒頭の時代設定は18世紀。フランス革命やマリー・アントワネットの処刑が行われた頃のことです。
自分が吸血鬼だということを隠し、ひっそりと生活する主人公クラウド・ピノッシュ。彼は若い頃ルイ16世の軍の兵士でした。
フランス革命が起きたことをきっかけに、自分の死を偽装してアウグスト・ピノチェトという人物に生まれ変わり、他国を飛び回りながら革命を阻止するという生き方へとシフトしていきます。
そこから100年経った頃、チリに移動したアウグストは、そのとき社会主義派であったアジェンデ大統領を追放。そして自分が王の座に就くことでチリの救済に成功します。その頃から私生活では「伯爵」と呼ばれるようになったのだとか。
偉大なる将軍として活躍していた彼ですが、40年が経った頃に汚職などの悪事を疑われたのを理由に、またも自分の死を偽装することになります。
吸血鬼なので血を飲んでいれば生き続けられますが、あえて飲まずに肉体を仮死状態にさせ、タイミングを見計らって生き返りパタゴニアに移動。そして隠居生活を送りながら世界中を飛び回って人間を狩り、血を啜って250年もの長い年月を生きていました。
しかし、あまりにも長過ぎる人生……。さすがにもう終わりにしたいと感じ始め、今度こそ完全に血を飲むことをやめる決意をします。そのため、隠されている財産分与を行おうと妻と5人の子どもたちを集めるアウグスト。
そして、彼の財産の計算をするという名目で、会計士のカルメンという女性が家に訪問してきます。
アウグスト本人は終活として準備を進めているのですが、過去あまりにも自由勝手に生きていたことや、良くないことをたくさん犯してきたことが、ここに来て厄介な壁として立ちふさがります。
そしてカルメンの本当の姿は会計士ではなく、なんとアウグストに取り憑いた悪魔を祓うべく派遣された修道女。この女性の登場がさらにアウグストの終活を複雑にしていきました。
長い年月を生き続けているとはいえ、生き血を摂取していなければ肉体は着実に老いていきます。アウグストは歩行器を使って歩き、なんとも弱々しい姿に……。それでも過去の栄光を忘れられず、その記憶を美しいままにしておきたいがために、人生を終えたいと考えているようです。
アウグストの破天荒な人生は最後まで落ち着くことはありませんが、その妻や子どもたちもなかなか欲深い人間。吸血鬼の強欲な人生と、終始ドロドロとした関係の家族の様子を見ていると、何とも言えない気持ちになります。
アウグストは自分の希望通りに、人生の幕を閉じることができるのか。ぜひ最後までご覧になって確認してみてください。
モデルとなった人物
この映画の主人公のアウグスト・ピノチェトは、1974年から1990年まで実際にチリ共和国第30代大統領を務めていた人物。実際は吸血鬼ではありませんが、たくさんの人間の命を奪ったということから「伯爵」では吸血鬼として描かれているそうです。
大統領という立場ですから、国のことを考えて政治を行っていたのかと思いきや、彼は独裁者として君臨していたのだとか。その座を獲得するにあたって元々あった政権をクーデターで掌握し、その直後には戒厳令を敷き、一部の市民に対して拷問や虐殺などが行われたことも……。
作品中でも、アウグストは自分の命のため次々と人間を襲い、血を飲むシーンが度々あります。
残忍に命を奪うという意味では、確かに市民からすれば吸血鬼などと同じくらい、怪物のように恐れられている存在だったのでしょう。
アウグストについて調べてみると、本当に極悪非道な人物だったことがわかります。作品の中では予想外の結末を迎えますが、実際は老衰で91歳にしてこの世を去っています。それも、たくさんの容疑で裁判を起こされていたのにも関わらず、上手いこと裁判から逃げて有罪判決が出ないままだったのだそう。これも作品の中で描かれる、理想の自分のまま人生を終えたいという、アウグストの思惑に反映されている部分なのかもしれません。
この作品、アウグスト・ピノチェトという人物を知らなければ、ただの1人の吸血鬼の強欲で儚い人生のストーリーという印象。モデルとなった本人のことを知ったうえでもう1度観ると、また違う目線と感想になり、新鮮な気持ちで楽しめる作品です。
まとめ
淡々とモノクロの世界が最後のシーンまで続き、どこかダークなおとぎ話を見ているような気分になる作品です。モノクロなので少し分かりづらいシーンもありますが、ストーリーのドロドロとした雰囲気や内容を表現するためには、この白黒の世界観がピッタリかもしれません……。
また、作中には一部でカラーになるシーンがありますが、なぜその部分だけカラーに切り替わるのか、ラストまでお見逃しなく!
実在する人物を風刺として描いた、ヴェネツィア国際映画祭の受賞作品「伯爵」。1周目は吸血鬼の物語として、2週目は本当のアウグスト・ピノチェトのことを頭の片隅に置いて鑑賞を楽しんでみてはいかがでしょうか。
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