任務に失敗した暗殺者が挑む真の敵とは…!「ザ・キラー」の絶妙な心理描写
フランスのコミック作家アレクシス・ノランが執筆した、グラフィックノベル「The Killer」。
もとに鬼才デビッド・フィンチャー監督が手がけた同タイトルの映画作品「ザ・キラー」。(原題The Killer)
第80回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に出されたこともあり注目を集めた作品のひとつです。
いつもどおりの日常を過ごす、主人公で暗殺者のザ・キラー。彼はある日予期せずミスを犯したことから雇い主と戦うことに。ストーリーは全7章にわけて進んでいき、自分と葛藤しながらも任務の遂行を試みる様子に追った作品です。
第1章
パリの街で依頼を受けていた暗殺者のキラーは、その時が来るのをじっと待ち続けていました。スマートウォッチで心拍数のチェックをしながらひたすら時間との戦い。
お気に入りの音楽を聞きながら心のなかで自分に語りかけ、仕事を始める前にはいつもどおりの日常を送り、チャンスが来るまで準備を整えます。
部屋から狙うだけではなく、一般人になりすましてパリの街に溶け込み、ターゲットを追います。しかし、任務達成のタイムリミットはあと24時間程度が限度だと、依頼主から告げられてしまいます。
焦る素振りを見せずに自分の能力を信じて、任務の遂行を完璧にこなしたいと期待するキラー。そして、ようやくその時が……!
ここに至るまで、ひたすら自分のことを語るシーンが淡々と続き、いかにも仕事の出来そうな雰囲気を醸し出しています。
いよいよターゲットに狙いを定めて、音楽を聴きながら集中力を高め、心拍数が安定したタイミングで引き金を引くのが彼なりのルールだそう。
「計画通りにやれ」「予測しろ、即興はよせ」からはじまる、いくつかある自分ルールを頭の中に思い浮かべて、ようやく任務を達成……! するはずでした。
あろうことか彼の1撃は、ターゲットと同じ部屋にいた女性にヒットしてしまい、任務は大失敗!
焦りながらも、姿をくらますためにすぐにその場を去らなければならず、バイクで逃走をはかります。道中で証拠になりそうなものを次々と捨てながらなんとか逃げ切りますが、この失敗をきっかけに彼の人生が大きく変わることになっていきます。
冒頭では、落ち着いた様子で任務をこなす冷酷な暗殺者の雰囲気を醸し出す主人公。しかし、大事なところで重大なミスを起こすシーンは思わず「え!?」と驚きます。
流れからして、いつもどおり1発の弾でスマートに任務成功し「またいつもどおりの日常がはじまる」とでも言いそうな展開を期待していたのに、良い意味で予想を裏切られる衝撃的な始まり方。
第2章ではパリから離れた土地へ逃亡する様子を追っています。
第2章
すぐに飛行機に飛び乗り、自宅のあるドミニカ共和国へもどるキラー。搭乗手続きの時に「マイルがとても貯まっていますね!」と声をかけられるシーンは、それだけ仕事をこなすためにたくさん移動しているのがわかります。
空港で警察官を見るたびに動揺しながらも、なんとか自宅へと帰り着きます。しかし、ここで事件が発生! 自宅の外に自分のものではない足跡を発見したキラーは、すぐに銃を構えながら自宅に入ります。すると一緒に暮らしていた恋人の姿はどこにもなく、家の窓が開きっぱなしで中には荒らされた形跡が。さらに窓には誰かの血痕まで……。
恋人は病院に搬送されていたようで、薬で眠りについていました。恋人の代わりに彼女の弟が説明してくれた内容によると、キラーについて何も語らなかったことで襲われてしまい、なんとか反撃をして家の近くの林に身を潜めていたのだといいます。
襲った男と逃走した車の特徴を聞いたキラーは、目を覚ました恋人と話した後に復讐を心に誓い行動に移します。
ここでも1章のときのように「予測しろ、即興はよせ」と、ルールの確認をしながら静かに任務を遂行します。任務といってもこれは依頼されたものではなく、キラーの恋人の復讐のためだけ。しかし、復讐に燃えるキラーには依頼など関係ないのです。
第1章で失敗をして焦っていた彼とは打って変わって、落ち着いた様子で引き金を引いた姿には、暗殺者としてのキラーの冷酷な一面が見えてきます。
つづきの第3章ではまた拠点を移し、冒頭で失敗してしまった仕事の仲介人の弁護士オフィスへと潜入。暗殺者としての仕事をしますが、想定よりも早く相手が息絶えてしまい、欲しい情報を手に入れそびれてしまい、残念な失敗シーンが再び登場。それでも冷静そうな心の声が聞こえてくるのが対照的で、笑っていいのか微妙なコメディ要素を取り入れながらストーリーが進んでいきます。
もちろん失敗続きなわけではなく、恋人を襲った犯人とのアクションシーンもあるのでそこはこの作品1番の見どころとも言えるでしょう。凶暴な犬から逃走するシーンも逃げ切れるかかなりドキドキなので中盤も目が離せません。
キラーが戦う真の相手
終始暗殺者として活動するキラーは、依頼されたターゲットを始めとして、数人を相手に任務を全うします。自分が不利な状況でも、ひたすらに自分の決めたルールを頭の中で繰り返し思い浮かべながら行動するキラー。彼の姿を見ていると、目の前にいる相手よりも自分自身と戦っているのではないかと思うシーンがいくつもありました。
キラーは大事な1撃に集中するために、「自分以外を信じないようにする」「これから命を奪う相手に同情しないようにする」など、条件をいくつも決めています。その内容は暗殺者としては当たり前のことなのかもしれませんが、1つでも欠けると一気に全てが崩れてしまいそうな印象がありました。
また、音楽を聴く場面が何回も出てきますが、自分の脳内で気難しそうに語りかけているときはぱったりと音楽が止まります。こういうところも、キラーの中のルールがいかに重要なものか強調している気もしてきます。
それが早々に現れているのが、冒頭での任務失敗のシーン。信念をもっているプロというよりは、自分に忠実に生きるために暗殺者を選んだような……。キラーは、常に自分自身と戦い続ける孤独な時間を過ごしているのかもしれませんね。そんな彼を救ってくれる恋人の存在はきっとなによりも大きく、暗殺者の物語というよりは、暗殺者が恋人と2人で幸せになるための物語の一部を描いた作品という見方をしてもおもしろいでしょう。
まとめ
ギリギリの精神の中で戦わなければならない、大変な生き方を選択した暗殺者の仕事が垣間見える作品です。これからキラーは、恋人を守りながら暗殺者として生きていくのか、自分自身との戦いに終止符をうって幸せな未来を選ぶのか。ぜひ「ザ・キラー」のラストを観て確認してくださいね!
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