裏社会で暗躍する男たちの半生を描いた映画「アイリッシュマン」の魅力に迫る!
マフィアや暗殺者と聞くと、暗くて怖いイメージを抱く人が多いのではないでしょうか。
まるで日記を読んでいるかのような軽快な語り口調に、彼らの暗い世界をそう感じさせない演出が見事な「アイリッシュマン」を観たら、イメージが変わるかもしれません。
アカデミー賞ノミネート作品にも挙げられた本作は、チャールズ・ブラントが発表した同名のノンフィクション作品を原作としているそう。
過去を語りながら、自分自身が体験した世界を喜劇的なテンポで描きつつ、暗さを感じさせない作品です。
その軽快さが、逆に怖さを引き立てているのですから、素晴らしいものです。
「アイリッシュマン」で、まだ見知らぬ世界を一緒に覗いてみませんか?
数奇な出会いが運命を変る「アイリッシュマン」のあらすじはこちら
この作品は、1人の男性の視点で語られる、裏社会の闇にまみれた自らの半生を振り返る物語です。
物語は老人ホームで車いすに座った一人の男性が、昔話を語り始めるシーンから始まります。
「家を塗るのはペンキ屋がするものだと思っていた」「その後は家を塗り始めた」と、運送業の労働者だった彼は、遠い過去に思いを巡らせながら話を続けました。
彼が冒頭で話す「ペンキ塗り」は隠語であり、壁を血塗りにしてしまう「暗殺者」を意味する言葉。
この語り部である元軍人のフランク・シーランは、20世紀、悪名高い人物たちの傍らで動いていた暗殺者でした。
肉の配送業を営むフランクは、とある事件で関わった弁護士を通じて、ラッセルという男と繋がってしまいます。
ラッセルの任務は暗殺であり、彼は次々と暴力的な仕事をこなしていきます。
後戻りできない程にヒットマンの世界に入ってしまい、捕まり、刑務所暮らしを経験。そして退所してからの孤独。
フランクが晩年何を思うのか、彼の人生とは……?
3時間30分の長編があっという間の3部構成
本作は話が進むにつれて様々な勢力が登場し、相関図も複雑になっていくため、初見では少し混乱してしまうかもしれません。
また、この物語は時系列に沿って進行はしません。昔話を話すフランク、若かりし頃のフランク、つい近年までのフランク、いろいろな時系列が交差していきます。
しかし、何度か観るうちに「あの時の出来事がここに繋がっているのか!」と見えてくるはず。
大きく戦闘シーンがあるわけでもなく、静かに時を刻むように物語は進みます。
当時の葛藤や、そのとき守りたかったものなどが綴られていく雰囲気は、まるでフランクの傍でささやきを聞いているような気分に。
「過去を思い出しながら語る現在のフランク」「ラッセルとの出会いを語る過去のラッセル」「晩年までのフランク、ラッセルとの関係」の3つの時系列が組み合わさることで飽きさせないストーリーになっています。
冒頭で流れる、フランクとラッセルが若かりし頃に、パンにワインを付けて食べるシーン。
その後、年老いてからの場面で再びパンが登場しますが、歯がなくて硬いパンが食べられなくなった、とラッセルが寂しそうに語ります。
そして「ワインに浸せばいい」と、パンを浸して食べるフランク。
残酷な時の流れを表現したこのシーン、短いですがグッとくること間違いなし。
お金も権力も自由自在だった若かりし頃ですが、子供とは不仲であったことも語られています。娘たちは父の仕事を知り、嫌悪していたのかもしれません。
娘のペニーが、フランクと口を利かなくなった日のことをはっきりと覚えているのも辛い心境。
ハッキリ語られていないものの、老後の彼に娘たちが訪れないことから察することができます。
この回想シーンがすべて彼の語りであることから、家族を大事にすることと、そのために仕事を全うさせることの矛盾と葛藤を感じます。
時の流れも自由自在! CG技術に驚き
流れていく年数がとても長いこの作品。しかし代役を使うことなく、役者本人をCG技術で若返らせているというから驚き。
モーションキャプチャーを利用せずに、特別なツールを開発しての取り組みとのこと。
VFXスタジオ「ILM」のサイトによると、映画が撮影される 2年半前に独自のマーカーレス キャプチャ システムの開発を開始したようです。
単なるシワ取りなどの技術だけではなく、3つのカメラで3次元データを取得し、数週間かけて数秒の施策映像が作られていくという、苦労の賜物!
先進的なツールとなったAIの進化によって、この先の未来の映像技術にどんな変化をもたらしてくれるのか、とても楽しみですね。
静かな”死”を感じさせるテーマと演出
この作品にはアクション映画の様に、派手な銃撃戦やカーチェイスなどがあるわけではありません。
暗殺シーンですら、息を吸うかのように静かに、すれ違いざまに行われていきます。
登場するマフィアたちは、その名前と死に方がひとつのテロップで紹介されます。
その一瞬の表記が、裏社会に生きる男たちの過酷さと儚さを表しているのではないでしょうか。
生き生きとしたキャラクターの上に死因を表示する表現法は、とても印象に残ります。
生前から自らの棺桶を準備したり、お墓を選んだりと、死を身近に感じる世界……。
そして、かつて自分の周りに居た人々が他界していく現実を噛み締めていくフランク。
信頼と裏切りが紙一重の世界で生き抜くことは、尋常な精神ではいられないのかもしれません。
静かな狂気と孤独がひしひしと伝わるカメラワークも秀逸です。
まとめ
どんなに上り詰めても、最後に人類に待ち受けるものは平等の死。
フランクは何を思い、自身の物語を語るのでしょうか。その口調ですら"人生の重み"を感じさせられます。
どんなに冷酷な気持ちで仕事をこなしても、最後に口にした彼のセリフはきっと心に響くはず。
彼の日記とも呼べる「アイリッシュマン」を是非最後までご覧ください。
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