着想は実際の事件!?人間の心理を赤裸々に映し出すサスペンスストーリー「愛なき森で叫べ」
「冷たい熱帯魚」や「恋の罪」を制作したことで知られる、園子温監督の実話事件シリーズ。
この「愛なき森で叫べ」は、サスペンスやスリラー、人間の心理が好きな人におすすめの作品です。
ハラハラドキドキの展開。しかし、物語の軸はどこか不思議でファンタジー。
まるで推理小説のような、伏線とミスリードの作り込みに感嘆の声が漏れること間違いなし。この物語の鍵を握っているのは一体誰……?
あらすじ
喫茶店のテレビに流れる、連続殺人の犯人が依然として捕まっていないというニュース。
村田丈は、意味ありげに卒業アルバムを閉じ、カフェのマスターに問いました。
「人を殺すときって、どういう気持ちかわかりますか?」
戸惑うマスターに対して、村田は愉快そうに答えを返しました。
マスターはその様子に怯え、席を後にします。
村田は一見、快活で他人から好かれやすい人物。しかし彼の正体は、その好意を利用して数々の女性を騙し、金銭を巻き上げる詐欺師でした。
本作に登場する人物達も皆、次々と彼の毒牙に掛かっていきます。
ギター片手に上京してきたシンと、映画を撮ろうとしているジェイとフカミの二人組。高校の同級生だった妙子と美津子。そして美津子の家族たち。
ある日村田と美津子が関係を持ったことから、ジェイたちは村田に興味を抱き、彼を題材にした映画を撮るため追うことに。
しかし本性を暴くどころか、巧みな話術で彼のペースに巻き込まれていってしまうのでした。
村田の暴力による支配。警察からの逃走劇。
いつの間にか、ジェイたちの映画制作の監督という立場すら、村田に奪われてしまいました。
人里離れた山荘でロケを行う彼らですが、映画製作が進むにつれて村田は暴力的になり、狂いだす世界にゾッとします。
若い彼らを連れまわし、美津子の家族まで暴力と言葉で洗脳して金を奪い、それを平然と行う村田。
こうして彼に関わった人達は皆、少しずつ運命の歯車を狂わされていきます。
彼らの映画制作はどうなる?
そして、村田は世間を騒がせている連続殺人犯なのか?
この物語の"本当の真実"とは!?
心の闇とマインドコントロール
自分は意思が強いから大丈夫と思っていても、恐怖や暴力によって支配されると、本来の意思とは違う行動をしてしまう。
人間は窮地に陥った時、まともな判断ができなくなるという心の闇を持っています。
最初からどこか胡散臭い雰囲気が漂う男、村田。
失礼なことも歯に衣着せぬ物言いをする彼は、本来であれば「失礼な人」として距離を置くべき危険な人物のはず。
しかし、心の隙間につけこみマインドコントロールする力は恐ろしいものです。
村田自身の手は汚さず、仲間内で虐待をさせ合うことで、加害者同士の関係を作り抜け出せなくさせる。
自分のしたことに罪の意識を持ち、恐れを抱くことで、警察に通報することもできません。
彼らが村田の言いなりになっていく様は目を背けたくなります。
人間はどのようにして操られ、その結果どのような悲劇が生じるか。
生々しく見せつけられ、それぞれが描く緊張感と恐怖から目が離せません。
映像に秘められた群像劇
この作品は、どの登場人物にもスポットが当てられており、誰もが主人公でもある群像劇。
回想場面でのモノローグは存在していても、物語の進行中に誰かの気持ちを描画することはありません。
わかるのは「今、誰が何をしているか」ということだけです。
リアルな世界のように、誰が何を考えているかなんてわからない。
映画を観ているのに、誰かの気持ちに深く感情移入できないという状態が、本作の臨場感を高めています。
誰にスポットを当ててこの物語を観るかによって、物語全体の見え方が違うものになるでしょう。
物語を最後まで観た時、きっともう一度最初から見直したくなるはず。
イントロから1場面も逃さず、是非一人一人の行動をじっくり観察してみてください。
なにか、見えていなかった真実が浮かび上がってくるかもしれません。
それぞれの登場人物が、あのとき何を考えていたのか、なぜはこんな表情をしていたのかという伏線も回収ができるはずです。
ロミオの意味するもの
シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」は、14世紀のイタリアを舞台にした悲劇。
作中には度々このロミオとジュリエットの物語が登場します。
ロミオ役だったエイコが突然交通事故でこの世を去ってから、美津子の心の中に存在し続けるエイコの残像。
美津子は高校生の頃、演劇を通じて青春を謳歌していました。
文化祭の演題はロミオとジュリエット。
ジュリエット役だった美津子は、ロミオ役のエイコに淡い恋心を抱いていましたが、エイコは交通事故で他界してしまうのでした。
心にぽっかりと穴の開いた彼女たち。
文化祭の高揚感も重なり、エイコの後を追って集団飛び降り自殺を計画します。
美津子だけはエイコの亡霊に呼び止められ、飛び降りずに生き残りました。また、他の女の子たちと一緒に飛び降りた妙子も、車の屋根に落ちたことで一命を取り留めます。
美津子は卒業後もエイコの面影を偲び、大人になっても引き籠って過ごしてきました。
作中では度々「ロミオ」というセリフが登場します。
このロミオとは失われたエイコのこと。また同時に"死"の象徴でもあります。
ロミオとジュリエットという悲劇を作中に取り上げていることから、ロミオという言葉は彼らにとって過去で、失われた存在、恋でもあり、死なのかもしれません。
リアリティの追及
村田が自分と関係を持った女性を集めて、コンサートを開催するという行動も、実話から取り入れられているそうです。
破天荒でありつつも、魅力的な外見や巧みな話術を表現しているのだとか。
監督のインタビュー記事では、作中における死体の捨て方について、リアルを追求するために実際に豚を切り刻んだとお話されていました。
ビンタするシーンでは叩くフリではなく、テストシーン含め実際に頬が赤くなるまで本当に叩いているとのこと。
台本にはビンタのタイミングは書いていないそうなので、アドリブだというから驚き。
蛹化の女の歌詞
作中で度々登場する「蛹化の女」の歌詞の引用が実に深い。
最後まで作品を観た後に、やっと引用の意味がわかるのですが、作中でその意味に触れることは特にありません。
この物語の主人公は一体誰なのか、それを考えたときにすべて意味のあるものになります。
冬虫夏草を意味しているような歌詞も、その姿を見ればこれもまた納得。
愛の皮肉さも表しているかと思うと、どの演出にも意味があり、作品に対する熱量が感じられますね。
まとめ
実際の事件が元になっていますが、あくまでもモチーフの話。
園監督のインタビューでは「実際の事件をそのままではなくファンタジーを入れている」とのこと。
映画の中で映画を撮るという行為や、登場人物や演出がどこか舞台的なのも独特。
身の毛もよだつ事件に、人間の心の闇を描いた二重の大どんでん返し劇場!
園子温監督作品のファンはもちろん、監督の作品に触れたことがない人も必見です。
まるで演劇の世界を覗いているような、衝撃のラストをお楽しみに!
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